東京高等裁判所 昭和33年(う)1544号 判決 1958年10月24日
控訴人 被告人 河村英 外一名
弁護人 原長一 外一名
検察官 杉本覚一
主文
本件各控訴を棄却する。
当審の訴訟費用は被告人河村英の負担とする。
理由
(一) 原判決はその判示第三の一の事実として、被告人等が原判示のごとく取得した記号番号記入済の郵便普通為替証書用紙三〇枚を用い、郵便局からひそかに持ち出した金額印及び丸型日附入局印を使用してその各通の金額欄に金額日附印欄に数字及び文字を記入して普通為替証書三〇通を順次作成した旨を判示しているのであつて、所論のごとく一枚の用紙に一気に必要事項全部を記入して偽造証書を作りあげ、かかる作業をくりかえして、やがてその数三〇通に至つたか、はたまた所論引用の証拠にあるごとく、まづ全用紙に金額印を押し、ついで全用紙に日附印を押したかは問うところではないのであつて、そのいずれの方法によつても右三〇通の証書が順次作成せられ、各通毎に偽造罪が成立するには変りはないのであるから、この点につき原判決には事実認定と証拠摘示又は法令の適用との間になんら矛盾はなく、理由にくいちがいのある違法を侵したものではない。
(二) 郵便普通為替証書は各一通毎に独立した有価証券であつて原判示のごとき方法によつて順次作成するにおいてはその完成のたびに各通毎に有価証券偽造罪の成立することはいうをまたないところであつて、よしや同一の日時場所において同一の機会になされ被害者が単一の国であり金額が同一であつたとしてもこれを包括的一罪と目すべきではない。本件三〇通の証書偽造が包括的に一罪であると主張する所論はまつたく独自の見解というの外なく採るべからざるものである。であるから原判決が各証書毎につき順次有価証券偽造、同行使及び詐欺又は同未遂の牽連犯関係を認め数個の偽造有価証券行使の罪と数個の窃盗との併合罪として処断したのはもとより正当であつて、その法令の適用になんら誤はない。(所論引用の最高裁判所の判決は一個の住居侵入行為と三個の殺人行為とがそれぞれ牽連犯の関係にある場合の案件であつて本件には適切ではない。)
(その他の判決理由は省略する。)
(裁判長判事 中野保雄 判事 尾後貫荘太郎 判事 堀真道)
弁護人戸倉嘉市の控訴趣意
第一点(理由のくいちがい)
原判決は罪となるべき事実記載中第三の一において、為替証書三十通を順次作成しもつて有価証券を偽造したものと認定し、法令の適用において右三十通の偽造は各独立の一罪を構成するものとして併合罪の法条を適用している。かかる文言並に法条の適用は被告人等が一枚の為替証書用紙に必要事項を記入して偽造証書を作りあげ、かかる作業をくりかえしてやがてその数三十通に至つた事実を表現する記載と認られる。然るに右認定に供された証拠を検討すると、被告人中川の検察官に対する昭和三十三年一月十六日附供述調書第四項、同司法警察員に対する昭和三十二年十月二十六日附供述調書第三項、被告人河村の検察官に対する昭和三十二年八月三十一日附供述調書第十八項の何れによるも、被告人等は先づ全為替証書用紙に金額印をおし、ついで全用紙に日附印をおしたと供述しているのであつて原判決認定の如き事実をみちびき出す証拠は他に存しないのである。この点において原判決は事実認定並に法令の適用と証拠摘示の間に矛盾があり、理由のくいちがいの違法をおかしたものである。
第二点(法令の適用の誤り)
仮に「順次作成した」との文言をもつて、右の如き証拠により認めうる事実を表現したものとすれば、三十通の証書の偽造行為は包括的に一罪として評価されるべきであつて併合罪の法条を適用するのはあやまりである。被害法益が単一なる場合、単一の犯意、日時場所の接着、犯行態様の類似等を要件に数個の犯罪の成立を一個に評価することは、すでに判例学説の確立したところである。摘示された証拠によれば本件犯行が同一の日時場所において同一の機会になされたものであることは明らかであり、又犯行の態様は前記の如く先づ全用紙に金額印を押捺、つづいて日附印を押捺する連続的な作業であつたし、一通の偽造証書が完成したときにはすでに全証書の偽造に実行の着手があつたので、各犯行は重なりあつてすらいる、又何通作成するかも被告人等の目的とするところではなく、只一個の窃盗によつて得た全用紙をあるかぎり使用したもので犯意が単一であつたことも争いないところである。更に偽造関係の保護法益は法的取引における文書の真正に対する社会的な信頼と認られ、各文書の真正な成立を直接に保護するものではないから、殺人罪における如く文書の数に応じた法益侵害があるわけではないし、又偽造文書は多数あれば日時場所を異にして偽造文書行使詐欺の用に供せられ多くの法益を侵害する危険性を含むものではあるが為替証書の場合は行使の場は郵便局が予定され被害者は単一の国であるから多数の法益侵害の危険もない。かかる考慮をするまでもなく文書偽造が行使詐欺とは独立した犯罪として立法されている以上、先づ偽造行為自体について保護法益を決定するをもつて足りる。かくて額面まで単一な為替証書について侵害法益が単一であることは明らかである。
以上により三十通の証書偽造は包括的に一個の有価証券偽造罪をとわれれば足り更にこれと牽連犯の関係にある二十九個の偽造有価証券行使詐欺、一個の偽造有価証券行使詐欺未遂は一罪として最も重い罪の刑に従い処断すべきであり(昭和二十九年五月二十七日最高裁第一小法廷決定)数個の窃盗と一個の偽造有価証券行使の併合罪と数個の窃盗と数個の偽造有価証券行使の併合罪とでは犯情に差異があり、判決に影響を及ぼす法令違反がある。
(その他の控訴趣意は省略する。)